月刊ゴツプロ!4月号

【突撃レポート!台湾後編】

みなさん、お元気にお過ごしですか?
自分は元気にしております。
当たり前ですが、引きこもり生活(泣)人にも会わず、会えず、電車にもひと月ほど乗っておりません。

こんなことは生涯で初めてのことで、おそらくこれから先もないであって欲しい出来事。
大変な世の中になりましたね。
先が見えない戦いほど不安なことはない。
僕らはまだしも、医療関係の方々やそれに準ずる方々は感染のリスクを抱えながら、日々看護にあたられて感謝しかありません。
先月も書きましたが、僕ら役者はもちろんこの状況でやれることも少なく、収入もなくなり不安な日々なのですが、それはどの業界の方々も一緒で、ましてや大きな飲食店の方が受けるダメージや、観光ビジネスのダメージなんて想像もできません。
日本だけでなく、世界が一丸となってこの苦境を乗り越えなきゃいけない時期だと思います。
世界がこうなってくると、本当に『戦争』なんてやっている場合じゃない!って、心底思ったりします。

今年に入り、ウイルス問題が徐々に出てきて、誰もがこんなことになるとは想像もできなった。
もちろん自分も正直軽く考えていた。
それがひと月経ち、ふた月経ち、規模がどんどん大きくなり、著名な方が亡くなられ、挙句外にも出れず、好きな人たちにも簡単に会えない環境になった。
会いたい人に会えることが当たり前じゃなくなった。
好きなことを簡単にできる世の中じゃなくなった。
食べたいもの、飲みたいものをいつでも好きな時に食べ飲みできなくなった。
そこにはたくさんの『我慢』が生まれた。

これから先は『新時代』。
きっと何もかもが変化すると思う。
だからこそ、今は耐え忍んで、力を蓄える。
まずは感染しないで健康でいること、今までできなかったことに時間をかける、いろんなことを見直す!そんなことを日々考えています。
なんせ、時間だけはあるから。

『月刊ゴツプロ!』こんな時でも当たり前に、ゴツプロ!として世の中に発信してゆく。

時間だけはあったから今月は早めに書こうと思っていたのですが…
如何せん前半は来月に予定されてた舞台の中止や、外に出れず、何事にもやる気が生まれずで(汗)
結局今月もこの時期に(泣)
楽しみにしてくださってるみなさん本当にごめんなさい。

今月号は先月号に続き台湾でのインタビュー後編をお送りします!
台湾から帰ってもうすぐ2ヶ月。
早いですね。でも2ヶ月前は台湾でお芝居できていたんです。
なんだか不思議だし、本当に奇跡的なことだったんだと思います。

そんな台北公演を思い出しながら…
みんなのレポートを今回も私 泉知束がお送りします!

濱谷康幸

(写真は取材時と別に撮っています。)

[2/26 ホテルにて]
前半戦終了して、オフ日に取材を敢行。
まずはゴツメンバーの濱谷康幸から!

○前半戦終わってどうですか?
「慣れてきた部分もあるけど、ここから毎回新鮮にやる楽しさ反面、しんどい作業だと思います。」

○台湾きて変わった所はありますか?
「立ち位置が違うから、今まで見えてない人が見えたりして、もらえるものもあるし、逆に日本でやってきたことが使えなかったりするよね。
演じて手側としたら全く違う流れになっている気がする。
台湾に来て、正太郎の存在がすごく大きくなったかな。
色んなエピソードがある中で、戦となるとやっぱり軸が三人に絞られて(玄吾、長治、正太郎)
正太郎の存在が両サイドにとって大きくなったと思う。
番屋側と戦に行った側と。まさに狭間だなって。」

○ここで濱谷さんに聞きます。一番好きなセリフは?
「…。」

○出ないですね(笑)じゃ好きなシーンは?
「アビさん(親方)が、ちゃらけて三回同じことするとこ。
親方の愛を感じる。この親方だからこの番屋が成り立っていて、だから玄吾もこうしてここにいて、俺もここにいたらこうなってないんだ!って。
だから事故の後も女買いに行くって言いながらもきっと奔走するんだろうなって感じてしまう。
あの時に俺はなんてことをしてしまったんだと!思います。」

○あと5ステージどうしましょ?
「きっと新しいことが生まれてくると思うので、最後まで新鮮にみんなを感じて全うしたいと思います。」

続いてメンバーのかなやす慶行に突撃!

○自分の一番好きなセリフお願いします!
「少しは感謝しなさいよ(津軽弁)。」

○好きなシーンは?
「最後のシーンかな。玄吾と長治のとこいいよね。」

○今回苦労したとこはどこですか?
「津軽弁も大変だったけど、人を慮る気持ちが、いいとこでもあり悪いとこでもあって、表現する塩梅が難しくもありやり甲斐があったな。
すごく繊細だからこそ、ストレートに当てない感じとかね。」

○台湾きて何か変わった?
「両サイドから見られてる緊張感がね、表現の世界が四方八方に広がっていて、楽しいね。
そして、年々ゴツプロ!さん待ってました!みたいな空気を感じるので、ほんと有り難いし、嬉しいよね!」

○残り5ステージに向かう気持ちを教えてください!
「稽古して、東京、大阪やってきて、あとはこれまでやってきた集大成というか、さらに超えていく1ステージ1ステージを大事にしていきたいね。
今回のお芝居はほんと飽きることがないから最後まで追求したい!」

[続いて後半戦二日目 2/28 劇場の外にて]
メンバーの佐藤正和を直撃です!

○後半戦残り4ステージとなりました。どうですか?
「とてもいいよね。盛り上がってるしね!」

○もっと話してもらっていいですか(笑)アビさん休演日に高雄行ったんですよね?どうでした?
「よかったですよ。1人になれて(笑)時折1人にならないとね。
僕こう見えて団体行動苦手なんで。」

○あ、アビさんが世界で一番気に入っていたハンバーガー屋さんがなくなってましたね。
「そう!!!それは本当にショック(泣)
なんでだよ!って感じ。誰も知らないでしょ?!台湾でハンバーガーがうまいなんて。」

○お芝居は?台湾きて変わりました?
「みんなやっぱり深くなっていくよね。自分のパートも、稽古で演出が変わったから、それによって色んなとこが変わるよね。
だからね、これを日本で見て、台湾でも違うバージョンを見たがってくれてた人たちが来れなくなってしまったのが、とても残念ですね。」

○また台湾来たいですよね!
「来たいね。台湾のお客さんも楽しみにしてくれている感じが伝わるので、とても素敵なことだよね。」

○残り4ステージ!どうですか?
「今まで通り、いつもいつも一生懸命にやるだけですね!」

続いては、客演で今回最年少の関口アナン君!

○10日経ったね。去年見て、いざ台湾の舞台に立ってどう?
「素晴らしい!の一言ですね。
お客さんがとてもあたたかく迎え入れてくれて、話には聞いていたけど、鳴り止まないカーテンコールが本当に素敵で、大好きです。」

○日本と台湾、色々と近いよね。本当みんなあたたかいし。
「ですね。気温も暖かいし、日本帰るのが億劫です。一番いい季節に来れてますよね。
ラッキーなことに晴れ続きだし、精神的にもすごく良くて、一日二公演も全然疲れないですね。」

○食べ物はどうですか?
「浜谷先輩とかは、『これも八角だから嫌だ!』とか、『これも八角の匂いすがする!』とか言ってるけど、僕は全然平気です。あ、臭豆腐だけは無理です(笑)
一番好きなのはジーロー飯です!!」

○舞台以外は充実してる?
「そうですね!夜市行ったり、いろんなとこ歩き回って楽しませてもらってます。」

○今回の経験が日本でも活かせられたらいいよね。ここからの意気込みを最後に。
「一つ一つ噛み締めて、今は状況が状況なだけに奇跡的にこうして舞台ができていることに感謝して最後まで楽しみたいと思います。」

続いてこれまた客演の内谷正文さんを突撃!

○台湾どうですか?
「最高だね。お客様の熱量がね。ここまで拍手が鳴り止まないって初めての体験です。
一人芝居は世界でやってきたけど、日系の方が多かったから、今回は八割以上台湾の方で、また新しい感覚だね。文化や生活の違いも感じるし。
これだけ受け入れてもらえてるっていうのは、やはりゴツプロ!の3年間の積み重ねだと思いますね。」

○色々と台北公演のことを耳にしていたと思いますが、実際体感してどうですか?
「いやーこれは素晴らしいよね。本当の意味での文化交流。
休演日に行った合唱団の方とのセッションも嬉しくて、感極まって大声で唄ったら危うく声潰すとこだったよ(笑)」

○台湾の方々の親日な感じをすごく感じますよね。
「そうだよね。これってすごいことだね。
そして、劇場さんの対応が素晴らしくて、これはまさに一流だなって感じています。」

○また台湾来たいですか?
「いやー来たいね。来年は一人芝居で、ゴツプロ!と同じ時期に(笑)」

○初のゴツプロ!どうでしたか?
「思っていた以上に楽しめたし、みんなと表現者としての仲が深まったことが何より嬉しいね。
これからもよろしくお願いします!」

メンバーの渡邊聡を突撃!

○聡さんは自分と相部屋ですが大丈夫ですか?(笑)
「今年も楽しくていいですね。ストレスもないですよ。
窓が開かないって思ってたんですが、今日12日目にして初めて開け方がわかりました(笑)」

○三年目の台湾どうですか?
「いやー有り難いね。昨今の状況下でたくさんのお客様にご来場頂いて、毎回鳴り止まない拍手を頂き、ああ…伝わっているんだなって感じています。」

○昨日から台湾スタッフにバトンタッチしましたが、完璧でしたね。
「すごいよね。我々がやりたいことを察知してくれて先に先にやってくれるってすごいと思う。
きっかけなんて、言葉がわからないとすごく難しいと思うけど、前半戦で日本人スタッフから必死に盗んで学んで、すごいね。ずっと我々がやりたかったことができてきてるよね。」

○いよいよ残り4ステージですけど…
「まだね、いきたいね。いきたいとこたくさんあるね。まだ伸びしろあるよね。
今回すごく入口で迷ったけど、少しずつ楽になり、東京と大阪で培って、台湾来てまた変化していって、まだまだえぐっていってバンって開きたいと思っています!」

[千秋楽前日の2/29 これまた劇場の外にて]
まずは客演の石川よしひろさんに突撃!

○いよいよあと3回です。25ステージやりましよ。お芝居でこのステージ数、なかなかないんじゃないですか?
「ないですよ。初めてですよ。」

○ライブだと最高何回くらいですか?
「30回くらいかな。」

○ぶっちゃけ飽きないですか?
「正直な話ですか?(笑)正直、中だるみはちょっとありますね。
なので、曲とか変えたりしますね。」

○芝居も慣れってあるじゃないですか?だからアプローチ変えたりしますもんね。
「あ、それは音楽も芝居も似てますね。
僕は普段、お芝居そんなにしてないのにこんなロングでやらせてもらって…
あと3回と思うと寂しいですね。」

○台湾どうですか?
「ノスタルジックで昭和の日本の匂いが残ってますよね。
パフォーマンスとしても、レコーディングで海外はあったけど、人前でやるのは初めてで、あんな熱く迎えてくれることがあるんだなって思いました。
台湾初日に最後の暗転のとき、初めて『電気つくな!』って思いました。あまりの感動に。
やっぱり反応も素直でいいよね。感情を押し殺してない感じで。
今回台湾来てやらせてもらって、自分ももっと素直に表現しようと思いました!いろんなことを。」

○今回こうして、ほぼ3ヶ月ご一緒させてもらって本当に楽しかったです。
「いや、ほんと楽しかったな。今後も楽曲でもなんでも自分に協力できることがあればぜひやらせてもらいたいと思っています。
ゴツプロ!すごくいい集まりだなって。
今回の公演はほんとすごく音楽にも影響してくれると思う。
今の想い、今使っている言葉をシンプルにやればいいんだって強く思いました。」

○残り3ステージ、意気込みをお願いします。
「よりこのまま。気負わずやります!」

続いては、音楽部 尺八の小湊昭尚さんを突撃!

○初ゴツプロ!どうですか?
「民謡を扱った舞台って初めての経験でとても貴重な体験ができました。ありがとうございました。
めちゃくちゃ楽しくもあり、毎回緊張もして、そして毎回涙を堪えるのが大変です。」

○台湾の反応すごいですよね?
「そうですね。やっぱり海外の反応ってすごいし、その中でも台湾はすごいですね。
日本でも外国人がやるライブとかだと反応がいいんですよ。だから他国の文化って受け入れやすいのかも知れないですね。」

○今回、お芝居でがっつり演奏されるのは初めてなんですよね?どうですか?
「毎回違いますからね。狙い過ぎてもダメだし。
事前に豊(三味線、小山豊氏)と何度も打ち合わせして作ってきたので不安はないんですけど、その時のアプローチが本当に正解なのか?もっと演者さんの背中を押せないかな?とか考えながら、楽しみながらやらせてもらってます。」

○今回ほんとご縁ですよね!スケジュール的にもこんなにハマるなんて。
「三年前くらいに豊と話していて、お互いじいちゃんの世代から民謡やっている家に生まれて、お互い家元で、これからはしっかり民謡を残していかなきゃねって話してて、いつか一緒に何かやれればって。
そんなこともあり去年から民謡のアルバムを制作していて、その時期に今回のお話をもらったのでほんとご縁を感じます。
海外の方にももちろん、日本の方にも民謡っていいもんなんだって思ってもらえる舞台なので、DVDも制作されてるって聞いたので、見てない方はぜひDVDでも見て欲しいです。」

○宣伝ありがとうございます(笑)…台湾でも民謡とお芝居!伝わっていますよね。
「そうですよね。笑えるとこは同じ感覚で笑ってくれて、感動するとこも深く感動してくれて、なんなんでしょうね。
やはりスタッフさんの気遣いや、字幕、それぞれの皆さんの頑張りで、演者とスタッフさんとの連携がうまくいってるからこれだけの大きな反応になるんだと思います。」

○僕ら勝手に、小湊さんとゴツプロ!一生のお付き合いだと思っておるのですが…
「もちろんです!」

○それで大丈夫ですか?
「あ、これ証拠的な(笑)」

○はい。証拠です。
「もちろんですよ!!」

○やった。

[3/1 千秋楽終わってすぐの劇場にて]
遂に終焉!熱気冷めやらぬうちに突撃レポート!
主演 44北川!

○終わりましたね。稽古場では全然話してくれなかったので今度は話してください。率直な感想は?
「本当になんだろう?えっと、えっと…いやー、なんとかなんとか終わってくれてね。
もう解禁ですけど、台湾の最終稽古で肉離れやっちゃってね。もう終わったと思いましたよ。
だってね、迷惑かけないように酒もタバコもやめていたのに、最後にね(泣)
でもどうにか、足もなんとか普通に歩けるようになって、喉も最後まで持って、今は「安心」の一言。」

○社会情勢も大変なことになってしまって…
「ね。こんな状況で千秋楽を無事に迎えられたのは奇跡でしかない。」

○そしてゴツプロ!での初主演!どうでした?
「やっぱり今までとは違ったね。もちろん喉も飛ばせないし、気持ち的なものもね。
見えない重責もあったんだろうな。すごいプレッシャーだった。」

○何が一番大変でした?
「やっぱり気持ちだね。ずっと続けていく!あとは体調管理も含めて、ほんと難しかったな。
でも、次の5年10年に続く一本になったと思います。ありがとうございました。」

最後にゴツプロ!主宰 塚原大助を突撃!

○終わりました。どうでしたか?
「疲れました(笑)
でも、ほんとよくやりきったなと思います。
そして、運にも味方してもらったなと。少しでも時期がずれていたら、また状況は変わっただろうし。
よくぞここまで、この状況でやり切れたなと、いろんな人に感謝しています。
そして台湾はすごかった。
やっぱり芝居も深まって、気づかなかったことに気づけて、毎年台湾で完結するね。
音楽部も毎日楽しんでくれて、新しいものがどんどん生まれてすごかったな。」

○三年目で、台湾のお客様も増えたよね。
「そうね。当初の目標は三年目で達成できたかなって。
そして、感動を直接伝えてくれて、広がっていってるのを肌で感じ、ものすごく可能性を感じるね。」

○しかし今回も色々あったね。大助も背中痛めたしね。
「ほんとね。だから日本帰ったら来年までに体を作り直す。痛まないしなやかな体にね。」

○終わってなんか変わった?次が見えた?とか…
「自分的に今回かなり葛藤もあって、自分がこんな風になるんだ!とか、いろんな感情が渦巻いた3ヶ月だったから、そういった意味では深いところまで感じられたとは思うけど、
うーん、まだ整理はついてないかな。」

○役もしんどい役だったよね。
「途中リンクしすぎて、もうどっちがどっちか自分でもわからなくなっちゃって…。」

○兎にも角にも無事終わってよかったね。
「ほんとそう。今日も満員御礼でこうして千秋楽を迎えられて、台湾のスタッフにも感謝でしかないね。
できる限り続けていきたいと思うし、そのために頑張らなきゃと思う。」

○今回、来たくても来れなかった日本のお客様もいました。いつも応援してくれているみなさんに一言。
「今回こういう状況の中で、演劇ができないってことがね、カーテンコールでもいつも言わせてもらっていたけど、芝居がないと生きていけないんだよね!豊たちだったら音楽ができない人生なんて考えられないわけだし。
そのために、それも含めて自分たちでしっかり空間を作っていく、国を含めて。
そんなことをすごく実感した。
台湾は、国も諸々な機関もしっかりしていて、学ぶことも多くて。
だから一人一人がもっとしっかりしないとなって。
文句ばっかり言わず自分たちがやる環境をしっかり自分たちで作る。
そしてお客様に提供する。
そんなことを強く想う公演でした。
本当に皆様、ありがとうございました!」

こうして怒涛の3ヶ月がここに閉幕したわけです。

ちょっとだけ自分の写真も(笑)こんな感じでリポートしてました。
みなさん、お疲れの所ご協力誠にありがとうございました。

みんなの気持ちを聞けて楽しかったし、こんなことを思っていたんだとか新たな発見もあってとても貴重な時間でした。

自分的にも台北公演は本当に奇跡のような、とてもとても貴重な公演になったし、きっと一生忘れることができない時間になりました!

日本と台湾との狭間がなかったら…
奇しくもこんな環境下でなかったら…
何としてもやり遂げるというみんなの強い想いがなかったら…
そして、みなさんの応援がなかったら…

この奇跡的な台北公演にはならなかったかも知れない?!

今はただただ感謝。
この想い忘れず、いつかまたみなさんと元気に会えると信じて…

いつもありがとうございます!

つづく…

泉 知束Tomochica Izumi

1994年より、日活芸術学院俳優科で演技を学ぶ。
1996年、劇団「麦」公演で役者デビュー。
2000年、演劇ユニット「Team Chica」を旗揚げし、主宰・作・演出・主演を務めている。
また、2005年樽沢監督作品「月桂哀歌」で映画脚本を手掛け、俳優業だけに留まらず、
マルチな才能を発揮している。
月刊ゴツプロ!の執筆を行なっている。

泉 知束Tomochica Izumi

1994年より、日活芸術学院俳優科で演技を学ぶ。
1996年、劇団「麦」公演で役者デビュー。
2000年、演劇ユニット「Team Chica」を旗揚げし、主宰・作・演出・主演を務めている。
また、2005年樽沢監督作品「月桂哀歌」で映画脚本を手掛け、俳優業だけに留まらず、マルチな才能を発揮している。
月刊ゴツプロ!の執筆を行なっている。